伝統的な太神楽(だいかぐら)曲芸師であり、長くアクロバットやジャグリングのパフォーマーとしても活動してきたのラッキー幸治さんが8月26日、77歳で死去されました。太神楽曲芸師とは一体どんなお仕事なのでしょうか?今回は、ラッキー幸治さんの家族(嫁・子供)と共に調べてみました。
ラッキー幸治が死去!死因や葬儀は?
死因は急性硬膜下出血
葬儀は8月28日午後1時、大阪市住吉区我孫子東2の1の4の「我孫子大阪祭典ファミリーホール」で行われます。喪主は嫁・ラッキー優さんが務めます。
ラッキー幸治の本名やプロフィールは?
ラッキー幸治さんは、1940年5月18日生まれの大阪市出身。6歳で東京の豊来家宝楽に入門し、豊来家幸治を名乗った。修業後、大阪へ拠点を移し、「ラッキートリオ」を結成。
アクロバットやジャグリングで人気を博した。
その後、長女のラッキー舞さん、妻の優さんと組んだ「ザ・ラッキー」などで活躍し、弟子の入門を機に途絶えていた豊来家一門を再興。
昨秋に開いた一門会では「土瓶の曲芸」など卓越した技を披露し、文化庁芸術祭優秀賞を受賞した。
ラッキー幸治さんの本名は水香幸治(すいこう・こうじ)と言います。
太神楽曲芸師とは?
太神楽とは、伊勢神宮、熱田神宮、西宮神社の神官が神様の代わりとして全国を廻り、獅子舞で御払いをしたのが始まりで、この時、共に演じられたのが太神楽曲芸です。
江戸時代には神事として行われた、大変おめでたい曲芸です。
嫁(ラッキー優)と子供(ラッキー舞)の顔画像は?
明けましておめでとう御座います。
皆さんにとって幸せな一年になります様に!! pic.twitter.com/E85EqNwzQo— ラッキー舞 (@daikagura_mai) 2017年1月3日
【本名】
水香 衣理 (すいこう えり)
【生年月日】
1975年 10月 13日
【血液型】
A型
【出身地】
大阪府大阪市
【趣味】
日帰り温泉巡り
経歴
平成8年、父で曲芸の第一人者のラッキー幸治に師事。「ザ・ラッキー」を結成。
太神楽曲芸とジャグリングを融合させた独自のショーを行う。平成24年、ザ・ラッキーでの活動と並行して、一人高座を開始。
太神楽曲芸の各種演目を継承し、縁起の良い曲芸の数々で
お客様に福をお届けする為に、全国を駆け回っています。
豊来家一門は、娘のラッキー舞さんを中心に今後はやって行くのではないでしょうか。伝統的な太神楽曲芸師というのを絶やさないよう応援しています。
ラッキー幸治さんのご冥福をお祈りします。
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